2006年11月01日
上高地、黒部、栂池高原の旅(3回シリーズ)
(3)栂池高原の散策

信州路の旅、最終日の8月19日、今日も快晴に恵まれる。国道148号を北上し、車は小谷村の栂池高原に着く。栂池高原駅から栂池自然園まで、ゴンドラリフトとロープウェイを乗り継ぐパノラマウェイで空中散歩を楽しむ。眼前の北アルプスはもとより、北信五岳から遠く八ヶ岳まで、壮快なパノラマが広がる。
終点のロープウェイを降り、なだらかな斜面を登ると、そこは標高1900mの栂池高原入り口である。乾燥した、爽やかな風が気持ち良く、目の前には花畑が広がる。案内看板を見ながら、北アルプスの雪渓がまじかに見られる標高2010mの展望湿原までトレッキングすることを決めた。片道1時間半強のコースである。

見渡す限りの花畑を歩く。花の美しさに感動することで心が洗われる。少年時代の純真な気持ちが全身を包み、企業戦士から解放される。普段めったに経験することが無い不思議な感覚で花と接する。
ミズバショウ湿原を抜けると、夏でも冷風が吹き出す風穴に着く。膝を曲げ、前かがみして風穴から吹き出す冷風に当たる。冷風の温度は4℃と非常に冷たい。汗ばんだ体に、ひと時の休息を与える。次のワタスゲ湿原を過ぎると、ここからはアップダウンが多い登山道となる。ニッコウキスゲが満開に咲き、あたり一面黄色のジュータンで覆わる。
歩くこと1時間半、標高2010mの展望湿原に着く。晴れていれば目の前に北アルプスの大雪渓が見られたのに、残念ながら今日はガスで全く見ることができない。自然はいつでもベストコンディションでないことを教えてくれる。山は見られなかったが、ここまで来た達成感でなぜか充実していた。時間を忘れ、目の前の大雪渓を想像しながら長い間座り込んでいたのは、私だけではなかった。
1日違いの昨日は、素晴らしく良かったよと、後日、友人より写真を送っていただく。(晴れていればこんなふうに見えるのか。ちょっと残念!)
こうして、三日間の信州路の旅が終わった。自然の雄大さ、美しさに感動した連日であった。綺麗な花を見て心が躍るように、いつまでも純真な気持ちを持ち続けるようにしたい。明日から企業戦士に戻っても。

今月の一言
・成功する人は、成功しない人のやらないことを実行に移す習慣がある。最低限の努力で済まそうとするかわりに、+αのことをする。
・自分の小さな失敗に目をつぶるようになると非常に危険である。
・人生において成功するのは間違いなく「頭のいい人」ではなくて「楽しい人」です。人が集まってくれなければ、ひとりでは何もできないからです。
投稿者 administrator : 22:25
2006年10月01日
上高地、黒部、栂池高原の旅(3回シリーズ)
(2)黒部ダムを訪ねて

信州路の旅、二日目の8月18日、昨夜の雨は上がり快晴に恵まれる。車は黒部ダムへと向かう。扇沢よりトロリーバスに乗り換え、関電トンネルに入る。しばらくすると、「破砕帯」を通過するとの車内アナウンスが流れる。黒部ダム建設で最も急がれた大町トンネル(現在の関電トンネル)工事に於いて、杭口2600mの地点で岩盤の中で岩が細かく割れ、地下水を溜めた軟弱地層「破砕帯」にぶつかり、一時はトンネル掘削が不可能になった。だが、あらゆる知恵と技術を結集し、長さ僅か80mのために実に7ヶ月の苦闘の末、これを突破したとのことである。当時の激闘を想像しながら、バスは「破砕帯」をあっという間に通過する。

約15分後、標高1470mの黒部ダム駅に着く。バスから降り、ダムに通じるトンネル通路を歩く。通路内は12℃とかなり冷えている。「寒い!」
薄暗いトンネルを抜けると、そこは別世界が待っていた。眩しい太陽の光と共に大自然のパノラマが目の前に開く。青い空をバックにアーチ式巨大ダムと緑深い立山連峰が映える。高さ186m、長さ492mのダムから放流する景色は壮観である。戦後の深刻な電力不足を補うため、昭和31年に着工し、7年の歳月と当時の金額にして513億の工費、延べ1000万人の人手を費やし完成した黒部ダム。大自然との共生の中に存在する。
続いて黒部湖遊覧船に乗る。右舷に立山連峰、左舷に針ノ木岳、正面に赤牛岳の雄姿が迫り寄り、湖面からそびえ立つ雄大なアルプスの大自然を満喫する。黒部渓谷の真ん中にいる自分に胸が躍る。針の木谷までの往復11.5kmの日本最高標位を航行する遊覧船の思い出は忘れられない。
雄大なアルプスを背に、人々が長い年月を掛け、厳しい自然と格闘して成し遂げた巨大ダム。今日は勇気をもらった一日となった。

今月の一言
染色の技術があり、黒を出そうとする。
勿論、黒という色は単色でも存在する。だが、赤や青や緑など、複数の色をかけ合わせることによっても黒になる。すると、深みのあるなんともいえない黒が生まれる。
単色の黒は、それにとても及ばない。
まさに、色々な色を取り入れることによって魅力的な黒になる。
他にない個性的な黒が生み出されるのある。
人の「個性」というのも、これと似たことが言えるのではないか。
投稿者 administrator : 21:46
2006年09月02日
支部長のひとりごと 上高地、黒部、栂池高原の旅 〈3回シリーズ〉

(1)上高地 明神池を訪ねて
昨年に続き、今年も信州路を訪ねることにした。今年は、どうしても行きたい所があった。それは、上高地の明神池である。去年、上高地に出掛けたが、時間の都合で河童橋で終わってしまい、一番奥にある明神池まで辿り着けなかった。「悔しい。来年は、絶対に行く」1年前から決めていた。
8月17日、買ったばかりの愛車「SX4」で高速を快調に飛ばす。東名・中央高速を経て、上高地の河童橋に昼ちょっと過ぎに着く。見覚えのある懐かしい風景である。そこから1時間半あまり歩き、念願の明神池に着く。明神池は穂高神社奥宮の奥にあり、神の池、かがみ池と言われている。針葉樹林に囲まれた神秘的な池はひょうたんの形をして、手前を一之池、奥を二之池と呼んでいる。伏流水や湧水を集めた明神池は氷結しないことで知られている。
気持ちの良い涼しい風が汗ばんだ肌に優しい。何とも言えない荘厳な感覚を味わう。心が洗われる。澄みわたる湖面にはいちだんと緑を増した明神岳が映し出されている。「素晴らしい、本当に来て良かった」気持ちが癒されるのを覚える。好きな写真撮りを十分楽しんだ頃、雷の音と共に空模様が怪しくなる。大雨に見舞われ、靴の中までぐっしょりとなった帰り路であったが、大いなる収穫に満足した一日であった。
明日は、黒部ダムに向かう。素晴らしい大自然が待ち受けていると思う。楽しみ、楽しみ。
(次号に続く)
今月の一言
・人脈を作るには、日常不断の細心な気配りが要る。約束したら実行する。できないことは引き受けない。ウソをつかない。人の好き嫌いをしない。他人の悪口を言わない。・・・欠点に目をつむり、長所を引き出し、自分に役立てる。年寄り、目上の人を立て、仲間に先をゆずり、下の者にいばらない。面倒な仕事は率先して引き受け、他人の見えないところで汗を流し、・・・。
・すぐれた指導者は、人間を好き嫌いしない。能力を見分けて、要所、要所に配置する。進むべき方向を明確に示し、後は裁量に任せる。信賞必罰。緩急自在に部下を使う。
肝心なのは、大事を任せられる人を見つけることである。

投稿者 administrator : 11:28
2005年11月21日
支部長のひとりごと オランダ風車村「キンデルダイク」
2005年10月、会社出張でオランダに行った際、世界遺産になっている風車村「キンデルダイク」に立ち寄った。
揚水風車が等間隔で19基もの立ち並ぶ見事な光景が見られる場所は、ここキンデルダイク以外には世界中どこにもない。低位貯水路から高位貯水区への揚水ならびに排水を担うために、1738年から1761年に掛けて建造されたもので、その大きさは予想をはるかに越えたものであった。
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風車羽根の全長は、翼長を含め平均28mであり、巨大な羽根の交差点にあたる風車軸は、地上から高さ約15mの位置にある。また、キンデルダイクの風車は全て、住居としても利用されていた。風車番の仕事は適切な水位の維持であり、常に風向きに注意を払い、必要があれば風車の向きを調整していたのである。風車小屋の住人は女性も子供もこの仕事に協力していたという。建物は4階構造であり居間を備え、当時の乳児用ベッドをはじめ、子供・夫婦用ベッド、生活用品が残され、当時の風車小屋の生活を見ることができる。
1868年には、貯水路の両側に蒸気式揚水所が設置され、現在では最新式の揚水設備が治水管理を行っている。
キンデルダイクは、数世紀に渡りアルブラッセルワールツ地帯の治水をつかさどってきた場所である。水をレック川に排水するために、昔からずっと利用され続けてきた水路や貯水路そして風車が、ここでは今もなお昔のままに残されている。キンデルダイクは、数世紀にも渡り知恵と忍耐で人々が水と戦い続けてきたオランダ史の好例である。風の力を最大限に活用するために必要であった、何物にも遮られることのない広々とした地形は今もほぼ昔の姿で残されている。このためにキンデルダイク風車地区は、1997年にユネスコの世界遺産として登録されている。
素晴らしい感動を受けた「キンデルダイク」、オランダに行った際は、ぜひ立ち寄って貰いたい場所の一つである。
今月の一言
・勝ちと負け、成功と失敗、苦と楽、温情と冷酷、褒めることと叱ること・・・・・・、季節に夏と冬があり、一日のなかに昼と夜があるように、こうした微妙なバランスの上に人間社会は成立している。特に人を動かしていく場合には、このバランス感覚が非常に重要となる。つまり、収支をゼロにすることを忘れてしまうと、途端に人は動かなくなってしまう。
・自信をつけた者は「踏みつけ」、自信のない者には「感動」を与えるのが大切である。
投稿者 administrator : 02:03
2005年08月13日
支部長のひとりごと 「上高地、乗鞍、新穂高を訪ねて」
夏期休暇を利用して上高地、乗鞍、新穂高を一巡した。美しい雄大な自然と触れ合うことで仕事の疲れを癒し、好きな写真を思いっきり撮ろうと前々から計画していたことである。出発前夜は子供のようにワクワクしていた。
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初日、沢渡(さわんど)より、自然に優しいハイブリッドバスに乗り換え上高地に向かう。途中、車窓左手に活火山の焼岳が出迎えてくれる。大正池バス停で下車し、散策を楽しむことにする。大正池は、大正4年に焼岳の大噴火により梓川がせき止められできた池であり、流れ込む土砂のため徐々に埋まりつつあるという。水は透明で非常に冷たい。大正池を囲む勇壮な山、水面に映る山々、水中から真直ぐに延びた木々など全てが撮影スポットである。河童橋まで1時間で着くところを、にわか写真家の勝手気ままな行動により2時間弱掛かってしまった。
河童橋から見る穂高連邦も見事であり、所々に雪が残っているのが印象的である。今回、時間が無く明神池まで見て廻ることができなかったことを悔いたが、次回必ず訪ねることを心に誓い、上高地を後にした。
夜は乗鞍高原で乳白色の硫黄泉につかる。
信州・長野県は温泉地数、湯量、泉質と三拍子揃った「温泉王国」である。中央構造線、糸魚川-静岡構造線など大小いくつもの断層が県土を走り、多くの火山が連なる地質に理由がある。温泉地の数は北海道に次いで全国第2位、なんと219ヶ所もあるという。
2日目、今日は乗鞍から新穂高に足を延ばし、ロープウェイで西穂高口まで登ることにする。途中、乗鞍高原三大滝の一つである、番所(ばんどころ)の大滝を見る。断崖の中腹にある展望台まで降り、目の前の大滝を眺める。霧状になった水しぶきが肌に掛かり、清涼感を促す。高さ40m、幅15m 水量も豊富で勇壮な大滝である。
国道158号線より安房トンネルを通り、471号線を経て栃尾交差点を右折すると、まもなく新穂高温泉郷に入る。標高1,117mの新穂高温泉駅からロープウェイに乗り込む。どんな世界が待っているのか期待が膨らむ。
30度の急勾配で一気に昇るとゴンドラ車窓から見る下界が瞬く間に小さくなっていく。鍋平高原駅で2つ目のロープウェイに乗り継ぎ、終点の西穂高口駅に到着する。そこは、標高2,156mの別天地が待っていた。外気温もずいぶん低い。自身がエンジニアのため、
0.6×(2,156m-1,117m)/100=約6℃低いと情の無い計算をしてしまう。屋上展望台からの眺望は素晴らしく、奥穂高岳、槍ヶ岳、北穂高岳、涸沢岳など3,000mを越すアルプス連山が目の前に広がる。若いカップル、中年夫婦、小さい子供達も皆、目を輝かせて感動している。「美しい」の一言に尽きる。本当に素晴らしい。
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この帰り、安曇野アートヒルズで気に入ったビールジョッキーを買い求めた。夜、雄大な自然の思い出を酒の肴にして、新しいジョッキーで飲んだビールは格別であった。
今月の一言
誰もが自分の力を出せる所が必ずある。その場所は本気で探せば必ずある。
迷ったら迷わず楽しい道へ行け。
あなたは今、自分がやっている仕事に誇りを持っていますか?
今の自分に誇りを持っていますか?
もし、持っていなかったら、自分の力を使ってないということです。
まずあなたが楽しむこと。すべてはそこから始まる。
成功とは、素晴らしいことだけが起こるという意味ではなく、どういうこと
が起きても素晴らしい反応を選ぶことである。
投稿者 administrator : 19:15
2005年03月16日
2005年 初稽古

2005年元旦、恒例の初稽古が新居弁天の今切れ口海岸で開催された。今年は例年に無く風が強く、体感温度が低い。海も荒れている。
まだ暗い午前6時、「集合」の掛け声と共にマラソンが始まった。昨日の雨で砂が適度に固り、走り易い。風は冷たいが、チビッコ拳士達と一緒に走ることで独特の爽快感を覚える。約15分の走りの後は基本突き、鎮魂行、奉納演武と続く。新年最初の奉納演武ということで一般部も即席であるが、天地拳単演を披露した。
午前7時、水平線の雲の上から初日の出が顔を出す。赤く、力強く、光り輝く素晴らしいご来光である。全員が合掌礼をする。
「今年も色々なものに挑戦したい」ぐっと気持ちが引き締まる。
少年部との合同稽古が終わり子供たちが暖を取り始めると、いよいよ一般部だけの海中基本突きが始まる。外気温に比べ、水温の方が高いため海に入ってもさほど冷たく感じない。腰まで水に浸かり、太平洋に向かって基本突きをするのだが、今年は波が高いため、押し寄せる波で後ろに倒れそうになる。足を砂の中にしっかり押込み、緊張しながら突きを繰り返す。
約15分後、『以上で海中基本突きを終わります』一斉に海から飛び出す。この時ほど寒いものはない。手足はかじかんで感覚が無い。皆、焚き火に向かい全力で走る。ガタガタと震えながら焚き火を囲む。毎年のことだが焚き火がこんなに有り難いと思うことは他に無い。そして、冷え切った体には温かい豚汁が最高のご馳走である。
こうして、2005年の幕開けが少林寺拳法の初稽古で始まった。
今月の一言
短所は同時に長所をつくり出していることがある。
だから、気にはなるけれども、長所を伸ばす。
そのために、短所と対峙してみる。すると、それが、長所につながっていることがわかる。その後は、自分の長所を伸ばす。これに、意識を向ける。
リーダーもまた、部下がいて、自分がいる。子がいて親となるがごとく、下につくものがいて、リーダーとなる。そこに自身を成長させていくステージがある。
辛いこともあり、悲しいこともある。
しかし、嬉しいことも。楽しいことも。
投稿者 administrator : 13:23
2004年12月26日
絶景なる松島
仙台の訪問は2回目である。昨年、宮城県総合体育館で開催された少林寺拳法全国大会で初めて仙台を訪れた。緑が多く、自然が美しい仙台を私はすっかり気に入ってしまった。今回は、東北大学で開催される催しを見る為に来たのだが、ここまで来て松島を見ずに帰るのはもったいない。ちょっと足を延ばしてみた。
仙台駅からJR仙石線に乗り換え、快速電車で30分足らずにして松島海岸駅に着く。日本三景の一つというのに素朴で鄙びた駅舎が実に良い。海岸通りに歩くと、遠く無数の島々が見える。天候が曇りでやや鈍よりとしていたが、その素晴らしさを予感させるには十分であった。早速、大型観光船「仁王丸」による島巡りで楽しむことにする。波は穏やかで実に気持ちが良い。その姿が似ているということで名ずけられた亀島、クジラ島が最初に出迎えてくれる。船尾に出ると、後方から餌を求めて飛んで来る無数のカモメに驚く。かっぱえびせんを摘んで腕を上げるとカモメは餌をめがけて急降下し、あっという間に口に入れる。見事な早業である。
松島は200有数の島があるという。船内のアナウンスに合せ、船の左右に次々に現れる島を目で追うのが忙しい。畳数帖しかない小さな島があると思えば、小中学校まで備えた大きい島も存在する。その姿は美しく見事である。島一つ一つ自然が造り出した芸術品である。途中、外洋に近づき、波と共に船が上下に大きく揺れ緊張する場面もあったが、とにかく松島は絶景の一言に尽きる。約50分の島巡りは感動と興奮に溢れ、気持ちを晴々としてくれた。本当に来て良かった。 お腹も空いたし、さあこれから仙台名物の牛タンで腹ごしらえとするか。
今月の一言
個性的ということは、その人、一人の中で完結するものではない。
常に人からの影響を受けて、それを自分自身の中に取り入れ、消化し表現をしていく。「個性的」とは、その結果である。
人が輝く、その光の量、眩しさ、それは、その人が受け入れてきた、様々な価値観、それが源となっている。
その源が枯渇すると、輝きを失なっていく。個性を失う。
投稿者 administrator : 23:34
2004年11月10日
デカ金魚飼育
『お宅の玄関は正に水族館ですね』初めてのお客さんが我が家の玄関に入ると大抵こんな事をおっしゃる。下駄箱の上に60cmの水槽が2つ、45cmの水槽が1つ、さらに上がり場に一つ、合計4つの水槽を置いている。アロワナ1匹と、あとは金魚・フナばかりであるが。その中に特に大きい金魚が目に付く。体長18cmと17cmの2匹が一つの水槽に堂々と泳いでいる。我が家でもう20年暮らしている。家で飼っている金魚は全てお祭りの金魚すくいで貰ったものである。このデカ金魚も最初は3cm弱であった。私は、弱い金魚をどうしたら長生きさせるかその工夫することに興味を持ち、癒しの趣味として今も続いている。2匹いるフナも勤務先の「夏祭り 魚のつかみ捕り」で手に入れたものであり、今年で16年目と14年目を迎える。
私が経験で得た魚の長生きさせる「4つの秘訣」を紹介させていただく。
秘訣1.水の管理
最も重要なこと。排泄物により尿素が増え、皮膚病にも冒され易くなる。
ほぼ毎週水槽の水を1/3交換しているが、この程度なら水道水そのままで問題無い。
中和剤は不要である。その代わり、水を消毒する意味で塩を大さじ1杯相当入れる。我が家は毎月、料理に使う分量以上の塩を水槽に費やしている。病気にかからなくすることが長生きの1番である。万が一、皮膚病等にかかった場合は早期治療が肝要である。主な疾病にエロモナス及び滑走菌等を媒体とする細菌性感染症(皮膚炎、ひれあか病、尾ぐされ病など)がある。大抵の病気は細菌性感染症治療薬「グリーンF グールド」で薬浴することにより完治する。病気は早期発見が大切であり、魚の動きや皮膚状態を良く観察するようにしている。
秘訣2.餌の管理
毎朝、浮上性の餌を2種類与え、大きく成長させている。金魚、フナは一日1回で十分である。アロワナは大食家であり、コイツには朝、晩2回与えている。どちらも、数分で食べ尽くす量が最適である。余った餌は水を汚す原因になるため、餌のやり過ぎに注意が必要である。
また、餌やリ時が魚と飼い主との触れ合いができる時間であり、しばらく眺めてやるのが良い。アロワナは頭が良い魚であり、餌をくれる主人を覚えているのか、私が近づくと尾ひれを大きく振って歓迎してくれるのが嬉しい。
秘訣3.ストレス解消
狭い水槽の中で長い間飼っていると、魚もストレスが溜まってくる。たまには広い所に出し、思い切り泳がしてやることが大切である。我が家では、魚の運動会と称して、数ヶ月に一度、子供用のビニールプールに水を張り、1日中泳がしている。最初は怖がって固まっているが、直に慣れ気持ち良さそうにビニールプールの周りを力強く泳ぎ出す。夕方、元の水槽に戻すが、どの魚も疲れてぐったりしているのが判る。翌朝、ストレス解消された魚の動きは鋭い。
秘訣4.環境作り
本来生き物は自然の中で生きるのがベストであり、それに近い環境にしてあげるのが飼う人の気配りである。具体的には昼間明るく、夜は暗く静かにさせてあげることである。必要以上の振動や照明を与えないように気を使っている。
とにかく、まめに世話をすることに尽きる。
私から一言
「好きなことだから、人は頑張ることができるのです。好きなことだから、少々の苦境ももうちょっと踏ん張ってみようかという気持ちになれるのです。だからあなたには、本当に好きなことをやってほしいと思います。」
投稿者 administrator : 18:57
2004年09月22日
長野 善光寺を訪ねて
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父親として末娘には実に甘いと思っている。今年の夏、大学2年の末娘が浜松に帰省することを聞くと「帰りはお父さんが松本まで送るから」と、自ら宣言してしまった。娘も待っているかの如く、「それなら帰りは重い荷物も運べるね。ヨーッシャ、頼むよ。」と調子が良い。「送る代わりに、お母さんと一緒に長野の善光寺に行きたいからアパートに一泊止めてよ」商談は即成立した。
8月22日、修理したばかりの50ccスクータも運ぶことになり、物入れ棚、数個のダンボール箱を1ボックス車に乗せ、いざ松本へ出発。長野県松本市に行くルートは大きく3つ。全て高速(東名・中央道)を使うルート、257号線を北上し飯田へ抜け、そこから中央道に上るルート、もう一つは清水より52号線で富士川沿いに上り、韮崎から中央道に入るルートである。過去、3ルートを経験したが時間と安全性と疲労度を考えると全て高速で行くのがベストであり、今回もこのルートとした。
日頃は少林寺拳法の行事に忙しくカミさん一人残す日が続いている為、今回は娘の送りとはいえ、立派な女房孝行旅行と勝手に考えた。
自宅を朝10時ちょっと前に出発して、午後2時半には娘のアパートに到着。荷物を降ろし、この日は美ヶ原ドライブと洒落込んだ。だが、寒さと霧で今ひとつであった。
次の日、娘のアパートを後にしてカミさんと念願の善光寺参りに出発。松本から更に北上すること1時間。善光寺は長野駅からさほど遠くなく、近くには娘と同じ信州大学の教育学部がある。
善光寺は約1400年前に建立されたもので、特に本堂は国宝でありその造りには感銘を受けた。私はお寺参りが好きで、あちこちの本堂を見て廻っている。閑散の中にたたずむ本堂には威厳があり己の心が洗われる。今回も善光寺参りによって心に溜まったゴミがリセットされ、新たな「やる気」が沸いてきたのを感じることができた。
自分の心はいつも青春でいたく、今、自分は50代の青春真っ只中にいると思っている。
誰もが良い人生を送りたいと願っている。良い人生を送る秘訣を、私は次のように考える。
どんなに小さくても、進歩が見えれば挫折しない
心が変わると態度が変わる
態度が変わると行動が変わる
行動が変わると習慣が変わる
習慣が変わると人格が変わる
人格が変わると出会いが変わる
出会いが変わると運命が変わる
運命が変わると人生が変わる
投稿者 administrator : 22:39
2004年06月30日
初凧天高く、舞い上がれ!」
『オイショ。ヤッチョ!』の声も高らかに、今年も浜松まつりがやってきた。
祭り好きの私にとって待ち焦がれた時期である。増してや、今年は初孫の「初」をやることになった。去年1月、長女に男の子が生まれた時から来年は「初」をやろうと決めていた。「初」とは子供の誕生を祝うため、初子の名前入り大凧を揚げ、夜は町内の若衆を自宅に呼び、祝い練りを受け、全町民から祝福されるという最高の祝い事である。
「初をやろう」娘曰く、「勿論よ!」意見は即一致した。今年3月から準備に取り掛かり、町内若衆400人に出す接待料理の内容、自宅で作る汁物の段取り、招待する親戚・友人の確認、宴会料理の手配、凧場への移動手段、駐車場の確保など検討事項は山積している。勿論、今までに経験が無く多少の不安があったが、初孫の笑顔を描き、半分楽しみながら家内と検討を重ねていった。お陰で、4月末には全ての懸案事項をクリアし、祭り本番を待つに至った。
5月3日祭り当日。タクシーを連ね、凧揚げ会場に向かう。風が無いことにやや不安を抱きながら期待で胸が躍る。孫の初凧は5畳と、10畳の2枚。10畳の方は、私が入会している町内凧揚会で作った初凧である。たまたま「初」をやる仲間に恵まれ、連名という形で作っていただいたものである。午前11時過ぎ、役員に案内され、親戚一同と共に凧揚げ現場に入る。孫の凧は自分で揚げるつもりでいた為、迷うことなく糸先につき、糸を肩に掛ける。『よし、行こう』風が少し出たところで一気に引き、後ろに走る。5畳の初凧が空に舞う。途中、ガラ(糸を緩め、出すこと)を数回行う。風が十分有れば凧は自然に上昇するが、今日は違う。風が無く、十分な揚力が得られず下がる一方である。良いところまで行くが、途中他の凧と絡み落ちてしまう。これを何回か繰り返す。1時間奮闘したが、結局揚げることができず断念。親戚一同より拍手をもらうが・・・。他の初凧も同様であり、空を眺めても天高く揚がっているものは無い。今年、町内の初凧は5畳3枚、6畳1枚の計4枚である。全てが揚がらずじまいで午後2時が過ぎた。
『10畳を出すか』風が無い時は、大きな凧の方が揚力を受ける面積が大きい分有利である。5畳、6畳が多い中、10畳はさすがに大きく圧巻である。親戚一同の『おー!』という歓声の中、3人掛かりで引っ張り後ろに全力で走る。凧は安定しながらゆっくりと上昇する。他町の人達の注目の中、引きと緩めを繰り返し、糸を伸ばしていく。5畳の時とは違い、確実に高さが増していく。揚がったぞ!! ラッパ隊の応援により『バンザイ、バンザイ』を叫ぶ。今までのもやもやが一気に解消され爆発した。大成功である。大凧は五月の空、天高く揚がっている。
興奮の渦の中、初日の凧揚げは終了した。本日、娘夫婦も感動していたが、一番燃えたのはこの私であったことは間違いない。さあ、これから家に帰り、更にエキサイトする夜の『練り』接待の準備に取り掛かる。今日は最高の日になりそうである。
投稿者 administrator : 22:41
2004年03月01日
逞しき我がアロワナ
オイラはアロワナ。現在体長35cm、成長期にある。
現在のご主人に引き取られ、半年が過ぎる。今は健康状態に戻ったが、3ヶ月前、一時死にかけた時がある。初めの頃、オイラが肉食で獰猛なこと、無理やり引き取ることになったこと、さらにご主人は金魚飼育しか経験が無く熱帯魚が初めてということで、あまりかまってもらえなかった。おかげで水替えもサボられ、オイラは濁った水の中でじっと耐えていた。約2ヶ月が経ち、水も相当悪くなってきた。それでもフン掃除役の底層魚、コリドラスと同居していることで安心し、一向に水替えをしなかった。
ところが、ある日、あまりの水質汚濁により同居しているコリドラス2匹が次々に死に、ついにオイラの眼も白く濁ってきた。『目が見えない。何とかして!』そのうちに全身に白斑点ができ、体力も無くなってきた。泳ぐこともできず、水底でじっとしているのが精一杯であった。勿論餌を食べる元気も無い。体がだんだん弱まっていく。
こうなると、さすがにご主人はオイラのことを心配してくれ、知り合いの魚研究家に相談した。アロワナのように肉食類の餌を与えている場合、フンにも動物性たんぱく質が多量に含まれるため、水が濁り易いこと。PH値が極端に悪くなると魚の目が白くなること。いったん白くなると回復に時間が掛かること。水質管理をきちっとやることが大切なこと等詳しく聞いてくれた。
直ちに水槽の水替えをやってもらったが、オイラは既に危篤状態であった。一日目が経ち、二日目が過ぎ、三日目もだめ。動く事ができない。自慢の2本の触角も無くなってきた。このまま死ぬのか。次はオイラの番か・・・。
するとご主人はオイラのために、生餌のめだかを用意してくれた。魚研究家より生餌ならば食べる可能性があると聞きつけ、近くのペットショップで買ってきたのである。4日目のこと、オイラが動けないことで、めだかは安心したのかオイラの周りを泳ぐようになった。オイラは全身の力を振り絞り、めだかを捕らえ口に頬張った。生きる事への執念で餌を口にしたと思う。こうして5日ぶりに食を取り、死から脱出したのだ。
オイラがめだかを食べる光景を見たご主人は嬉しさを全身で表現し、家族の居るリビングに走り出したのを覚えている。たかがオイラが餌を食べただけなのにこんなに喜ぶなんて・・・。
オイラは餌を食べ始めると大量のフンが出る。するとご主人は1日置きに掃除をしてくれるようになった。そのために早起きしてくれる。毎回、お湯を沸かし水温を25℃に調整した水を水槽の上から注ぎ込む。その甲斐有って、約2ヶ月でオイラの目も正常に戻り健康を取り戻すことができた。
最近、オイラはこのご主人を好きになった。餌を貰うとき、いぬのように尾っぽをぐるぐる廻してご主人に近づくようになった。ご主人も嬉しそうに優しい顔でオイラを見てくれる。命を助けてもらったご主人のために長生きして恩返しをしたいと思う。
ただ、今は餌を多く食べるせいか、かなり大きくなり、60cmの水槽が狭くなった。少しわがままかもしれないが、もう少し大きな水槽で泳げればいいな・・・。

投稿者 administrator : 22:45
2004年01月02日
紅葉を楽しむ
2003年11月23日 紅葉を楽しむ為、愛知県足助町の香嵐渓に足を運んだ。ここ数年、毎年家内と一緒に晩秋を楽しむようにしている。私が香嵐渓に行く目的は二つ。ひとつは真紅に色付く木々を写真に収めること。目で見た風景を、2Dの世界でその感動をいかに再現できるか、その写真テクニックを磨くことに面白さを感じている。まだまだ人に見せるレベルではないが、自分なりに納得できる作品が少しずつ増えている。この「道院長の独り言」で写真を付けさせてもらっているのも私のささやかな楽しみである。
香嵐渓に行くもう一つの目的は名物のごま饅頭を食べる事。香嵐渓で売っているごま饅頭はことのほか美味しい。大きくふくよかで中のアンコがいっぱい。アツアツをふうふうして、がぶりつくのが最高である。アンコの甘さもちょうど良く、表面のごまがさらに味を引き立てている。
こんな楽しみを抱きながら家を出発したが、今年は日曜日に行ったことでさんざんであった。自宅を午前10時前に出たが、東名高速で事故渋滞に巻き込まれ、さらに香嵐渓手前11kよりの大渋滞にはまり、到着したのが午後3時で既に河原は日が陰っていた。例年、日曜日は避けていたが今年は調整がつかず、ある程度の渋滞を覚悟で行ったが予想以上であった。お陰で車中では家内と凡そ1年分の会話ができ、渋滞に感謝(?)している。
香嵐渓には遅い到着であったが色付く木々を眺めた瞬間、道中5時間の苦労も吹っ飛んだ。今年は紅葉時期が遅く来週が最も良いと思われたが、それでも赤,黄,緑のコントラストは見事であった。名物の胡麻饅頭を頬張り、写真撮影に勤しむことができた。
仕事と拳法で大忙しの毎日であるが、自然をじっくり眺めるゆとりは必要である。幾つになっても自然を愛する気持ちと、綺麗なものを見て感動する純粋な心を持ち続けたいものである。
これからの人生に『か・き・く・け・こ』精神(か・・・感動する き・・・気力を持つ く・・・工夫する け・・・健康である こ・・・恋する)を忘れず、生き生きとした人生を送っていきたいと思う。

投稿者 administrator : 22:56
2003年11月02日
少林寺拳法全国大会を見て

2003年少林寺拳法全国大会が11月2日(日)仙台近郊の宮城県総合体育館において開催された。私達浜松可美支部から親子の部に足立富哉、真洋拳士が出場となり、彼らのカバン持ちという役で私も同行させてもらった。
仙台は、伊達62万石の城下町で人口約100万人の政令指定都市である。街中に清流広瀬川が流れ、多くの緑の木々に恵まれ、「杜の都」と呼ばれている。緑豊かな街並みと史跡・名所が数多く、また名物に牛タンがあり、見ること食べることが好きな私にはうってつけの場所であり、すっかり気に入ってしまった。
会場である「グランディ21」総合体育館は小高い丘の上にそびえ、4000台を収容する大駐車場と公園を備え持つ施設であり、全国大会にふさわしい会場である。また、今回の大会は、東北・北海道で初の全国大会を開催するということで、各方面にわたりスタッフの暖かい気配り、おもてなしを肌で感じる事ができた。大会進行もスムースに行われ、入念な準備に苦労されたと感謝する次第である。スタッフのこの大会に掛ける意気込みを思うと、また新たな元気と勇気とやる気が出たのは私一人だけではないと推測する。
親子の部は発表のみであったが、演武終了時に各組に優秀賞の賞状を手渡された。全国大会で授与された賞状はどの大会にも増して重みのある1枚である。演武が済み、賞状を手にして観客席に戻った時の親子の笑顔は実に清々しいものであった。 「全国大会に来て本当に良かった」そういう顔をしていた。
今回の大会を観戦して、大会運営のソフト・ハード面で得るものが多かった。特に審判入場方法、演武終了時の撤収方法等は、来年度の県内大会にも取り入れを提案したい。また、スタッフの行動も一人一人が無駄な動きが少なく観客席からの見た目も非常に好感が持てた。
充実したこの日はあっという間に過ぎ、帰路、仙台から乗り込んだ東北新幹線「MAXやまびこ」で早々に飲んだビールはまた格別であった。楽しい思い出がまたひとつ増えた。

投稿者 administrator : 23:03
2003年10月31日
私のペット、ハムスター
我家でハムスターを飼い始めたのは4年前である。家内が子宮筋腫で手術を受け、退院後も何となく元気が無いため気晴らしのつもりで飼ったのがきっかけである。このハムスターは家内の心の療養に大きな特効薬となり、その後も我家の大事なペットとして飼い続けている。ハムスターの寿命は約2年のため、今飼っているのは2匹目である。最初は、ジャンガリアンのゴールデン、今のは同じジャンガリアンのパールホワイトで、今回はそれも2匹に増え、夫々のケージに入っている。名前を「チョビ」と「チマ」と言う。娘が付けた名前であるが結構気に入っている。

家内もハムスターのお陰で元気を取り戻したことで自分の子供のように可愛がっている。最初のハムスターの体に腫瘍が出来た時は凄かった。病気を心配し、ついには動物病院で手術まで受けてしまった。家内の話によると、手術台の上で人間と同じように口に麻酔を嗅がせ、寝ている間に約20分で腫瘍切除したとのこと。『普通、ここまでやるか』とは一時思ったが、順調に回復して元気に走り回る姿を見て、夫婦共々うれし涙を流し喜んだことは今でも忘れない。

私は小さい頃から生き物を飼うのが好きで、可愛いしぐさや動きに癒しを感じている。また、命の大切さも動物を飼う事により教えられてきた。ハムスターは外気温に敏感で20℃位が適正とされている。そのためリビングの一等地にキャスター付きの手作り棚を設け、真夏はエアコンを入れ、冬の夜にはホッカイロを巣箱の下に置くなど手を掛けている。正直、人間様より気を使っているところがある。その気持ちが通じているのか、私に良くなつき、手の平に簡単に乗ってくれる。頭を撫でると気持ち良さそうに目を細める。このしぐさがたまんない。
そういえば、人間も頭を撫でられるといい気持ちになる。「そうか、誉めるとき言葉だけでなく手も動かせてやると相手の感激も一層大きくなるんだな。」少年拳士の指導にはこの手を使い、良かった時は思いっきり誉めてあげようと思う。
投稿者 administrator : 07:20
2003年09月28日
親子演武
今年の県大会で親子の部に出場した足立親子が最優秀を受賞し、11月2日の全国大会出場に意欲を燃やしている。ここ数年、連続出場し、一昨年が優良賞(第3位)、昨年が優秀賞(第2位)、今年ついに念願の最優秀を手に入れた。ただし、今年は足立親子にとって決して順風ではなく、大会直前に大きなアクシデントに見舞われ、それを乗り越えての第1位であったため、感激もひとしおであった。それは、大会1ヶ月前に小学4年生の息子が学校で左手親指付け根を骨折したことである。一時は出場断念も考えたほど深刻であった。今年は駄目か。
だが、我々の予想を超え、足立親子は1ヵ月後の大会直前にギブスが外れることを聞くと、技ができない代わりに「構え」と「間合いのとり方」だけをみっちり練習し始めた。この練習が非常に良い結果に結びついた。大会当日、ギブスは外れなかったが、昨年とは一皮むけた演武内容であったことは確かである。逆境に遭ってもそれをプラス思考で考え行動した結果が今回の最優秀に繋がったのである。そこには親子の強い絆があったのだと思う。全国大会でもきっと素晴らしい演武をみせてくれるだろう。
私も過去、親子演武をした経験がある。3人の子供が拳法を習っていたため5年ほど連続して出場したことがある。私もそうであるが、練習中も含め、演武最中は息子・娘ではなく、一人の拳士として指導し、誉め・叱りを繰り返しながら完成度を高めていく。そして、親が子供に対し演武を心配するように、子供が逆に親を心配していることが判るようになる。そこから親子の絆が急激に深まってくる。子供と正面向かい合うことの大切さを親子演武を通じ、親も教わっているのである。私の長女は既に母となったが、娘にもこのような体験をして親子の絆を大切にしてほしいと願っている。
投稿者 administrator : 22:30
2003年09月03日
あるサーファーとの出会い

数年前、勤務先の職場に元気の良い新入社員が入った。名前をN川君と言い、スリムな長身でありながら顔は日焼けして、長髪で後ろをゴムで束ねた個性溢れる若者である。しゃべりも自分のことを『オイラは・・・』と実にユニークな人物である。聞けばサーフィンを楽しんでいるとのこと。「おお、君はサーファーか。いいねえ」 初対面はこの程度にしか思っていなかった。サーファーN川君は『台風の来る直前は波が最高にイイッス!』と言い海に出掛け、また日本の海では物足りないと、海外まで足を伸ばす行動力のある青年である。ただ、第一印象は「自己中心的な人間なんだろう」という思い込みがあった。
しかし、やがて彼は私に「人間は外観だけで判断してはならない。何事も情熱をもっている人は全てに可能性を持っている。」ということを改めて教えてくれた。彼は海が好きで海をこよなく大切にしている。自然と人を大切にする思いやりを持ち、仕事に対する情熱も人一倍強く、人として社会人として立派に成長してきた。何事にも情熱を持って集中する姿を見ることは実に気持ちが良いものである。
この「情熱」こそが結果を大きく変える栄養素である。私の持論は 結果量=内容×情熱 である。内容が5で情熱が1ならば結果量は5に過ぎないが、情熱が10あれば50の結果量を得る事ができるのである。はつらつとした人生を送る秘訣でもあると思っている。
50才を過ぎた今、今後の人生に欠かせないものはと聞かれれば、私は迷わず『情熱』と『健康』を挙げる。
投稿者 administrator : 22:31
2003年07月25日
可愛い少年拳士

練習開始10分前。道場で待つ私に「こんばんは」 と大きな挨拶をして入ってくる一人の少年拳士。「こんばんは」こちらも負けずに返してあげる。私の顔を見ながらにこにこしている。「今日、何か良い事あったの?」の問いに、「べつに~」の返事もそこそこ、道場内を元気良く走り出してしまった。たったこれだけのことなのに、私はなぜか爽やかな気分になり、嬉しさを感じながら練習を開始したのである。
少年拳士を見ていると、笑顔で道場に入ってくる拳士は少ない。大体は無表情か、少し緊張した顔で合掌礼をして入ってくる。自分も小さいころ習い事をしたが、笑顔で玄関をくぐった記憶は無い。道場に来るのが楽しみであるのだろうと勝手に想像してみる。何となくやっているのでなく、自ら楽しみ練習に勤しめれば最高である。そして自分なりに目標を持つ事が更なる飛躍に繋がっていく。
こんな話をきいたことがある。
上からの命令だけで目標無く行動した場合の実績結果を 1とすると、
指示内容から目標を設定して行動した場合の実績結果は 2
自分から率先してやる気を出して行動した場合の実績結果はなんと 3近くになるそうである。
動機付けをするとしないでは、結果に大きな差が現れるのである。楽しませ、目標を持たせる事が重要であり、これが道院長の役目と思っている。
さあ、今日も何人の少年拳士の笑顔を見れるのか、楽しみ、楽しみ。
※写真は今回の内容とは直接関係ありませんが今年5月に行った北海道の小樽運河です。自分でも気に入っている1枚です。
投稿者 administrator : 01:06
2003年06月24日
弘前城公園花見

今年の4月末、弘前に住む長男に会いに行く口実で、ちゃっかりと弘前城公園の花見を楽しむことができた。噂では聞いていたが、勿論見るのは初めてであり、3万本の桜と公園の広さに素晴らしい感銘を受けた。幸い息子のアパートから近いため、昼,夜2回も堪能することができた。昼間太陽光の下で見る桜と、夜ライトアップされた桜は趣が全く違う。夫々良いところがあり、両方を観賞できたことに幸せを感じている。同じ桜なのに回りの環境・演出によって全く変わって見えるものである。私達の社会も同じで、自分を取り巻く人達により自分の人生観が少なからず影響を受けている。自分の周りに尊敬する人が多ければ多いほど吸収するものが増え、豊かな人生を感じ取ることができると思っている。幸い、私の周りには自分を支えてくれる優秀な人材が多く、助けられると共に活力と希望も頂いている。道院長として毎年花を咲かせ、人から魅了されるように努めていこうと思う。ただし、桜の花のようにあっという間に散るのは嫌である。

投稿者 administrator : 16:54