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2004年04月02日
「マスター・アンド・コマンダー」―戦争という快楽?
19世紀初頭のナポレオン戦争を舞台にした、往年のハリウッド大作映画を彷彿とさせる海戦映画。
ポスターなどで宣伝コピーをご覧になった方は皆そう思うであろう通り、ピグモンも少年向けの冒険活劇なのかと先入観を持って臨んだのですが、実に古典的で優美な戦争映画でした。男達の美しい友情、困難に対する果敢な勇気、自然と敵の圧倒的な力に立ち向かう英知・・・
それらを娯楽として存分に楽しみつつ、物語が進むにつれ、ピグモンはなぜか落ち着かないものを徐々に感じてしまっていたのでした。
1805年南米沖、太平洋進出を狙うナポレオン軍を阻止すべく、派遣されたイギリス海軍のフリゲート艦。
冒頭の字幕で知ったその歴史的事実には、はっとさせられました。ナポレオン戦争、というと、ヨーロッパ征服といった印象が、無知なピグモンは強かったのですが、そうか彼は本気で世界征服の野心を持っていたんだ、まさに誇大妄想の独裁者ではないか、と。
そういえば、パリのルーブル美術館かオルセー美術館かどちらか記憶が混濁していますが、ナポレオン戦争時のロシア戦線敗走を描いた、壁面を埋め尽くすような巨大絵画を見て、ピグモンはうちのめされたことがあります。その絵は重苦しい鈍色の空の下、どこまでも続く雪原を、虚ろな目をしてさまよう兵士たちと累々たる死体が描かれた、厭戦気分漂う陰惨極まりないものでした。第二次世界時の“地獄の東部戦線”と何も変わらない光景のように思われました。モスクワ撤退時のナポレオン軍兵士十万人のうち、ロシアを脱出できたのはわずか五千人といわれています・・・
ルーブル美術館にある有名な絵画「ナポレオンの戴冠式」も見たのですが、その豪奢で華麗な画面が、死神へ国家の命運を託した図のように思われてしまいました。
映画の物語は、そのフリゲート艦と、フランス軍の委託を受けた私掠船の死力を尽くした闘いを主としつつ、ワイルドで知略に富んだ艦長ジャックと物静かな学者肌の船医の友情を軸に、海上生活のきめ細やかな描写や艦内のさまざまな人間模様をからめた、起伏に富んだストーリーになっています。
けれど、先に述べたようなナポレオン戦争がはらんでいたはずの巨大な狂気、少年兵まで動員しなければならなかった酸鼻を極めたはずの戦況、そうしたものが何も伝わってこないのです。
結局、登場人物たちは、皆一様に輝くように喜々として闘いに臨み、敵はあくまで顔のない悪魔のような侵略者で、そして勝利は当然のように正義あるものにもたらされる・・・
そう、ここで描かれているのは、戦争の快楽原理?でしかないのです。まるで米国のプロパガンダのような。
この映画の監督ピーター・ウィアーは、かつてメル・ギブソン主演の社会派ドラマ『危険な年』という隠れた名作を撮っています。
1965年のインドネシア、スカルノ政権下の共産党大弾圧下、懊悩するオーストラリア報道特派員と良心的で悲劇的な死に至るカメラマン、そして現地雇いのインドネシア人アシスタント(実は共産党員)、彼らの痛切な友情を通して、国家の冷酷さをあますところなく描ききっていました。
(路上ですでに政府軍による共産主義者の大虐殺が始まっている騒然とした街で、残れば必ず殺される運命のインドネシア人アシスタントが、メル・ギブソンに別れ際言うせりふ、「私のことをいつか思い出すことがあったら、明るい部屋でお茶でも飲んでいると思ってくれ」―この言葉が忘れられない・・・)
いったいどうしちゃったのピーター・ウィアー?いつから批評性を失ったの?とピグモンは言いたいです。
『マスター・アンド・コマンダー』が、もし、世界制覇をたくらむナポレオン軍に、経済的・軍事的に傲然と米国主導のグローバル化を目指す現代アメリカをだぶらせて描いていたら傑作になっていたかもと、惜しまずにはいられません。器はあれども中身のない、そんな華やかで虚ろな映画でした。
私事でたいへん恐縮ですが、ピグモンは、1980年代半ば、作家澤地久枝氏とご遺族と共に、「ミッドウェー海戦慰霊の旅」という船旅に仕事で乗船しました。
その航海は、おそろしいほど天候に恵まれ、太平洋上で波が少しも立たずに海面が鏡にように凪ぐ、不思議な光景が続きました。遺族は、皆お年寄りばかりで、船上も毎日ひっそりと静まりかえっていて、埃一つ立ちませんでした。
それでも仕事に追われ日付も曖昧になった頃、ある日、ふと船窓の外を見やると、無数の白い切片が輝きながら上から降ってきていました。「熱帯の雪?・・・」と下のデッキに出て振り仰げば、雪片と思われたのは、梵字や仏像を描いた和紙の切れ端で、乗船していた僧侶が念仏を唱えながら、それらを海上にまいているのでした。その僧侶を遺族たち取り巻き、その顔は皆皺深く、疲労と失望の果ての不思議におだやかな表情を浮かべながら、一心に祈りを捧げているのでした。
あぁ、ここが激戦のあった海なのだと、背骨に響くように感得しました。
人間たちの阿鼻叫喚、永久(とわ)の嘆きなどあずかり知らず、空も海もどこまでも冴え冴えと青く澄み渡り、日は燦々(さんさん)とあまねく降り注ぎ、そこを船は悠然と静かに行きすぎていくのでした。
戦争、特に海戦というものは、人の冒険主義的ロマンティシズムを刺激する何かがあるのかもしれません。けれど、「苦悩なき、懐疑なき力は暴力でしかない」とピグモンは言いたいです。
もし、海戦というものに関心を持たれる方がいらしたら、ぜひ吉田満著『戦艦大和の最後』をおススめ申し上げたいと思います。この本は、戦後左翼運動の勃興の中で国粋主義を鼓舞するなどと誤解され、長いこと不遇だったようですが、生存者の筆になるこの著書は、軍国でも反戦でもなく、戦争の現実を淡々とあるがまま描いているだけです。それは、筆者が、爆撃されただの肉塊になり判別のつかなくなった四体の戦友の死骸をかき抱き、怒るでなく悲しむでなく、「ただ、いぶかしく思う」場面に端的に表れているように感じます。
昭和二〇年四月、敗色いや増す中を出航した大和艦内では、無謀な戦闘の意義が激しく交わされていました。議論を制したのは、臼淵大尉の、真の進歩を軽んじた日本は必ず負けるが、自分たちは、日本の新生に先駆けて散るのだ、という必敗論でした。
多くの犠牲を払い敗北を抱きしめて、戦後繁栄に向かって日本は新たに出航しましたが、巨船になればなるほど、止まることも進路も変えることもままなりません。
目先の利益しか考えられない人々に自らの運命を託し、闘うことの意義さえわからず、船底でおびえながら、その命を虚無への供物として捧げる瞬間を待っている状況が、今も昔も変わらないのだとしたら、その先にあるものは・・・
投稿者 administrator : 22:43